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大盛況に終わった「スポーツと環境のシンポジウム」
2004/11/08

10/30(土)、日本体育大学で行なわれた「スポーツと環境のシンポジウム」。アテネ五輪アーチェリー銀メダリストの山本博氏、水泳銅メダリストの中村礼子氏、NHKキャスターの堀尾正明氏、GSAからは蟹瀬誠一理事、岡田達雄常任理事が出席して行なわれました。500名以上の参加者とともに、終始笑いに満ちあふれた活発な意見交換となりました。
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●司会
堀尾正明 氏(NHKキャスター)
●パネリスト
山本博 選手(アテネ五輪アーチェリー銀メダリスト)
中村礼子 選手(アテネ五輪水泳 背泳銅メダリスト)
蟹瀬誠一GSA理事(ジャーナリスト)
岡田達雄GSA常任理事
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●当日の模様
【アテネ五輪を振り返って】
シンポジウムは、アテネオリンピックの総合キャスターとして、多くの日本人メダリストを現地でインタビューした堀尾キャスターが、山本・中村両選手に質問するという形でスタートしました。
「山本博選手へのインタビュー」
—山本選手は中学からアーチェリーを始められたんですよね。きっかけは女の子がたくさんいたからという理由だったとか(笑)
「小学校時代は野球中心だったのですが、ちょうど自分のクラスの横にアーチェリー場がありました。女の子が楽しそうに練習している姿が印象に残っていて、それでアーチェリーを始めました」
—最初はなかなか成績が振るわなかったらしいですね。
「アーチェリーは得点競技ではっきりと順番が出ます。少なくとも1年生の中で一番ビリでした」
—初めてのオリンピック(ロサンゼルス)で、銅メダルをとった後もオリンピックに出場されていましたが、なかなか入賞できなくて、シドニーオリンピックでは出場を逃しましたね。普通は山本選手の年齢では、引退を考え、コーチになりませんか。
山本博選手「そうですね。オリンピックに出ても、昔一緒に戦ったメンバーは、コーチになっています。今回も、『いい選手連れてきたか』と聞かれましたので、『いい選手連れてきたよ、俺も選手だから』と話しました(笑)」
—目とか弓を引く力に衰えを感じませんか。
「感じます。3,4年前はカバーすることを考えて、眼科専門の先生方にも相談したりました。でも目にメスを入れることには抵抗がありました。そんな時に、偶然接したお年寄りの方と話す中で、老いていく体に慣れることが大事だとわかり、この目とつきあっていくしかない、いかにうまく利用していくかを考えるようになり、気が楽になりました」
—20年後は金メダル?
「今回銀メダルの力があるということが確認できました。これから今の力を持って、節制を重ねて練習に打ち込み、20年の間にチャンスがまた巡ってきたら、金をとれるのではないかと思っています」
—山本選手の活躍で、年齢問わず、アーチェリーに限らず弓の競技をしたいという人がすごく増えているらしいですね。
「アーチェリーを楽しんでいる高校生、大学生から、今回のオリンピックの映像で自分たちの周りの人たちがアーチェリーのルールを知ってもらえてとても喜んでいると、聞いています」
—山本選手は相手の得点とかプレーを全く見ずに、自分のプレーに集中すると聞きました。いつごろからですか。
「2002年のプサンのアジア大会ぐらいからそのような感覚がつかめ出しました。シドニーで落選して、勝ち負けにこだわる心が消えました。いかに自分の最高のプレーをするかに意識が集中できるようになり、そうすると自分の肉体にしか意識がいかない、対戦相手との勝ち負けとか情報を自分の体が受け付けなくなりました」
-そういう超越した気持ちが今回の結果を招いたということですね。
「中村礼子選手へのインタビュー」
—現在日体大の4年生。今後は?
「今は未定ですが、水泳は続けたい気持ちがあるので、水泳を中心とした環境を整えたいと思っています」
—いつごろから水泳をはじめたのですか。
「3歳から始めました。親から言われて兄と一緒に習うようになり、中学のころから背泳ぎを中心とした練習をしてきました」
—その頃の成績はどのくらいのものだったのですか。
「なかなか優勝は出来なかったのですが、中2の時に初めて全国大会で優勝し、そのころからオリンピックを意識しだしました」
—高校生ではインターハイで常に優勝?
「高校1、2年はあまり結果が出せずに、高校3年で優勝できました。」
—日本の女子背泳ぎのレベルは高く、トップスイマーの先輩たちがいましたよね。
中村礼子選手「シドニーオリンピックを狙っていましたが、上の選手を追い越すことが出来ずに、出場できませんでした。絶対にアテネに行きたという思いで練習に励んできました」
—今回のオリンピックの200mレースを改めてVTRで再生してよく見てみると、銀メダルの選手よりも最後の瞬間、中村選手の方が腕は先におりていたように見えますが。
「私もビデオを見て思いましたが、指先でタッチしていれば、一つ順位があがっていたかもしれません。でも指先でタッチするというのは骨折もあります。また実際にうまく指先でタッチできない。この経験を課題に、今後はタッチの練習をしていきたいと思っています」
—4年後の北京は相当金メダルに近いと思いますが抱負を聞かせてください。
「外国の選手はさらに記録をあげてくると思います。自分ももっともっと記録を伸ばしていきたいです」
—個人種目の水泳であるにも関わらず、日本代表として参加した選手の皆さんは「今回はチームワークの良さがメダル量産につながった」とおっしゃっていますね。実感として分かりにくいのですが、どういうことでしょうか。
「今回は、お互いを思いやる気持ちがあったと思います。その中で北島選手が最初に金メダルをとり、みんなが勇気付けられました。個人競技ですが、みんなで励ましあって戦うことがオリンピックなのだと思います」
—屋根がつかなかったことは競技に影響しましたか
「事前に屋根がつかないこと、気温が高い、風が強いという情報が先にありましたので、実際には影響はほとんどなかったと思います」
【スポーツと環境】
シンポジウム後半の「スポーツと環境」の討議は、GSA岡田常任理事、蟹瀬理事が、まずGSA発足主旨や活動について紹介した後、4つのテーマに別けて進められました。
「20年後、オリンピックは開催されないかもしれない?」
—山本さん、オリンピックがなくなったらどうしますか
(山本選手)「そうですね、まずは目標を一つ失うことになりますね、ですから是非そうならないようにしたいですね」
—岡田さん、どういうことでしょう。
(岡田常任理事)「地球温暖化ということが今大きな話題になっていますが、実際に現在、地球の平均気温が0.5度上がっています。東京では、百葉箱の日陰の温度で、今年史上最高の39.5度を記録しました。2年後には冬季オリンピックがありますが、このままいったらどうなるのかという疑問は一部のアスリートの中にも芽生えていて、かなり深刻化しています。すでに長野オリンピックの時にも雪が降るのが遅くて、非常に困ったということがありました。今それが世界中に広まっています。遠い未来の話のように感じるかもしれませんが、近い将来の問題として捕らえなければなりません。私はスキー場の開発に携わっていたのでわかるのですが、すでに戦後の50年で温暖化が進んで雪が降るのが遅くなっています。昔は11月末ごろから降っていたのが、今は12月末にならないと降らない状況です。そういう意味で業界の方々はとても恐れています」
—確かに自分たちが子どもの頃に比べ、雪が降らなくなっていることや、今年の夏の異常気象や台風で、何かが変わってきているということはわかるのですが、また来年になればもとに戻るのではという感覚が否めないのですが。
岡田常任理事(岡田常任理事)「確かに、毎年上がったり下がったりということはありますが、過去50年のトレンドをとりますと明らかで、環境問題とりわけ地球温暖化、それから台風・ハリケーンが激化しています。そのことはすでに1992年のリオのサミットで科学者が指摘をしたことです。ところがあれから12年経って、我々は生活も変えていなければ、環境に配慮するという意識もないというところで、ますます環境問題は加速化されています」
—夏のオリンピックにも影響は出てくるのでしょうか
(岡田常任理事)「もちろん出てくると思います。今年の夏は、既にご指摘のように異常気象でしたし、例えば、10月10日の体育の日は晴天率が一番高いと言われていましたが、今年も雨でした。そういう意味でも何かが変わってきていることは間違いないでしょう」
—中村選手、どうですか。若いからあまり危機感は持ってないですか。
(中村選手)「そうですね。このような機会に話を聞くと、真剣に考えなければならないと、危機感は募りますが、いざ行動に移すとなると、何から実行していけばいいのかもわからないですし、今日のような話を聞いて今後の参考にしたいです」
「使ったスポーツ用品はどこに行くのか?」
—山本さん、アーチェリーの場合は?
(山本選手)「そうですね。アーチェリーの場合は、矢が消耗品です。1シーズンで1ダースから2ダースを使います。消耗した矢は、プレゼントしたり、近所の奥様方が花壇に使ったり、子どもたちが朝顔のつるを巻きつけるのに使ったりしています(笑)」
—有効利用されていますね。中村選手は?
(中村選手)「古くなって薄くなってしまった水着を2枚重ねて抵抗力を上げる練習をする選手もいます。私は40、50着の水着を持っていますがもったいないので捨てられないですね」
(蟹瀬理事)「山本選手、中村選手の場合は、消耗品は非常に少ないと思うのですが、例えばボールやバット、グローブなど消耗する量が多いスポーツがあります。テニスボールなどはものすごい量が消費され、ゴミになっていますよね」
—それが問題になっているということですね。
(岡田常任理事)「もちろんスポーツ用品が環境破壊をしているとは言えないのですが、これを機会として、皆さんの意識を高めることには使えると思っています。例えばテニスボールは年間約3000万個が消費されていまして、そのテニスボールの有効利用として、GSAでは騒音防止のために机と椅子の脚に装着するという活動を全国の小中学校で実施しています。もう一つおもしろいのは、使い古しのスポーツ用品を使ってアートを作るというです。環境問題そのものとは少し離れますが、みんなの創作意欲を高めるものです」
(蟹瀬理事)「私たちが環境問題とかリサイクルを考えるとき、何か役に立つということばかり考えがちですが、例えば小説だって、音楽だって、絵にしても役に立つという視点に立ったら面白いものではないですよね。そういう発想としてのリサイクルのアートというのはいいと思います」
—役に立つというと、実用的かどうかということになりますが、アートも広い意味で役に立っているということですね。
(岡田常任理事)「役に立つというと、経済効果があるかという話になってしまいがちですが、アートはあまり環境破壊しないですよね。大量に物を作って、売って、捨ててという社会よりも、アートなど高価かなと思うものでも、自分でいいなと思うもの、感動するものを身の回りに置くことで、環境問題を解決するかもしれないという視点もあると思います」
—環境にやさしい材質で作られるものが、一流アスリートのスポーツの世界で通じるのかということがありますよね。その整合性をどうとっていけばいいでしょう。
(岡田常任理事)「私は二極分化だと思っています。性能を追いかけるトップアスリートが使う物は別として、一般の人が使う用品はエコロジカルな素材を使うことが重要だと思います。山本選手や中村選手の使う用品が環境を破壊しているということはありえません。ほんの一部の人たちですから。それよりも大勢の人が使う用品について環境を考えることが大事です」
「スポーツしやすい環境、だけど環境破壊?-オムニコート(砂入り人工芝)を例に」
堀尾正明氏—今日本でブームになっているテニスのオムニコート。世界で日本だけらしいのですが、これが環境に良くないということで、そこのところを説明してください。
(岡田常任理事)「環境に良くないというのはどういうことなのかを、考えてみていただきたいのです。使っている時はいいのですが、何年か使うとゴミになります。でもオムニコートは擦り切れる巨大カーペットなんです。砂が入っているからとても重いし、廃棄の際には砂と人工芝を分別できないから埋立地に持っていくしかありません」
—でも(足腰の負担が軽くなるので)プレーヤーにとっては有り難いものですよね
(岡田常任理事)「そこは、技術革新を望むところですが、対応可能なプラスチックは既に出来ています」
(蟹瀬理事)「我々は、便利なもの、使い勝手のよいものを使っていきたいという気持ちが強いですが、むしろこれからの時代はそういうことをある程度妥協し、減らして、減らして一番楽しめる環境は何かを考えることがとても大切です。オリンピックの競技場について、日本のマスコミは、盛んに競技場の建設が間にあわないとの批判をしていましたし、また私もそういうことだと思ってアテネに行きましたが、間違っていました。メインスタジアムの周りは確かに土が剥き出しになっていました。あれを日本の記者が行ってみると建築中にみえるのですが、例えば博物館の前の広場も同じように土が剥き出しになっています。つまり、あれで完成しているんです。我々日本人は、全てをアスファルトやコンクリートで覆わないと、完成してないように思えてしまうようになっています。しかしあるものを減らしてみる、減らしてみることでより豊かな楽しみ方ができること、すなわちマイナスの発想が必要であると感じています」
—山本選手、競技場の施設とかは日進月歩ですか
(山本選手)「私たちの競技は、競技場そのものよりも、ここは風が良く吹くとか、風を読みにくいなとかに意識が行きます。今回の会場はパナシナイコという1896年に第1回のオリンピックが開催されたときに使用された場所で、そこで競技できたということはいい記念になりました。一方で日本では例えば、今国体が終わった後ですが、開催県は体育施設を作りますが、そういったものが100年後にも使えるのかということを考えました」
(蟹瀬理事)「例えば野球でも最初に人工芝を入れたヒューストンのアストロドームがまた天然の芝に戻しました。選手の足の負担だとかを考えると逆に新しいものの方が選手にもつらい環境になっているということもありますよね」
—中村選手は選手権などで世界を転戦されていると思いますが、こんなところで泳ぐの?というような場所もありますか
(中村選手)「そうですね、中にはそういう会場もありましたけど、日本の会場がすごく良すぎるので、日本でオリンピックが行われると世界新記録は競泳ではたくさんでると思います。でも今回のアテネでは、最初は屋根がつくということだったのがつかないとわかり、選手は動揺しましたが、その後は屋外対策で、日焼けして屋外での練習をつみ試合も経験しました。その意味で同じ条件の中で、勝負をするということで問題はありませんでしたし、オリンピックという舞台は、どの選手も勝つことにこだわってきますので。それにとてもいい景色で、私としては印象深い会場でした。ただしやはり記録狙いということになると密閉された空間で、水温も一定でというほうがいいので、難しいところですね」
—この難しいところをどうしたらよいでしょうか?つまり利便性を追いかけるということと、昔ながらのものを残すということですが。
(岡田常任理事)「今、中村さんは大事な指摘をされたと思います。記録のみを追いかけると人工物をどんどん作っていくことになります。だけど与えら得られた環境の中での勝負であれば人工物を導入する必要はなくなると思います。
環境問題もあまり難しく考えないで、皆さんに考えてもらいたいことは一つだけです。それは水の蒸発のことです。近代社会が何故これほど熱くなってきたかというと3つ理由があります。エアコン(空調)、車が多い、そしてコンクリートアスファルトで地面を固めてしまったということです。コンクリートで固めたことで水が蒸発しなくなりました。どうすべきかを考える軸として、水が蒸発しやすい社会を作るということと、化石燃料を出来るだけ燃やさないようにしようということです。水が蒸発しやすい社会とは、木を植える、緑豊かにするということと、車に不必要に乗る、電気を不必要にたくさん使うということを考えると、例えば夜、自動販売機が多いということなどが問題ではないかというようなことを、少しずつ考えていくことによって新しい社会作りが可能なのではと思っています」
蟹瀬誠一理事(蟹瀬理事)「今の岡田さんの話しに付け加えるならば、熊が山から下りてこない社会をどうやって作るかということだと思います。今年は随分熊が山から下りてきました。ニュースを見ていると、食べ物がないからとか夏が暑かった、台風が続けてきたことが原因といわれていますが、研究している方に聞くとそれが理由ではなく、酸性雨が原因だと。雨の中に、車とか工場から出ている排気が雨の水分と混ざって、硝酸とか硫酸として空から降ってきます。それで木や土が弱り、そのために実をつける木が実をつけなくなってきたことが、大きな理由だということを聞きました。その背景に日本は植林政策で、針葉樹は植えてきたが、実がつく広葉樹を植えてこなかったということもあります。台風や暑い夏のせいにするのは簡単ですが、酸性雨というのは我々の責任である、我々の責任で熊が山から下りてきたといえます。そういう視点で考えると環境問題も身近なものになってくるという気がします」
—身近なものになってくるのは分かりますが、環境問題を突き詰めて考えるとき、便利な生活を否定することになります。その整合性というか「わかる、でも全員でで、それこそ一斉に動かないと難しいのではないか」ということにいつも突き当たってしまうというのが現状ではないかと思ってしまうのですが。
(岡田常任理事)「ではどうしたらいいのか、少しでも環境を悪くしたくないということを考えることが必要だと思います。例えば私は車が大好きですが、新たなCO2を発生させないためにも、自分の車を運転するよりはタクシーに乗るようにしています。将来的には、電気自動車や水素の燃料電池であればいいなということも考えていますが。もうひとつ実践しているのは、有機栽培の食べ物を食べることです。これは化学物質を農業の場で使って欲しくないということです。そういう簡単なことから始めていけば、そしてそれをスポーツ愛好家10億人がやれば、世の中は変わると私は思います」
「スポーツを通じた「エコ」の伝え方」
—スポーツを切り口に環境問題を伝えていくという岡田さんのスタンスも含めて、これからスポーツと環境問題についてどうプレゼンテーションしていけばいいでしょう
(岡田常任理事)「今日の参加者にやっていただきたいことがあります。世界に冠たるスポーツおよび体育教育の大学である日本体育大学の学生、卒業生の皆さんにとって来年は非常に意味のある年です。実は来年は、国連の定める「スポーツと体育の国際年」なんです。その意味ある年に、皆さんから広く伝えてほしいことがあります。それは「きれいな水と空気が大事」ということ。スポーツをするときは誰だって、水や空気はきれいな方がよいと願うはずです。そのことを世界のスポーツを愛する10億人が理解するようになれば、世の中が変わります。その意味でも私は日体大が果たす役割は非常に大きいと思っています」
-蟹瀬さんはご自身もスポーツが大好きで、スポーツを通じて環境を考えていると言うときその説得力の面で強いものがありますか
(蟹瀬理事)「何が強いか、スポーツは楽しいということなんです。楽しいし、みんなやりたいと感じるもの。環境問題は大変なことだと眉間にしわを寄せるのではなく、やることが楽しいと感じるようになることが理想的だと思います。そうすると様々な問題が解決できると思います。スポーツの最先端にいる方々にメッセージを伝えて欲しい、問題は関心が無い人たちにどう伝えていくのか、その役割をスポーツ選手が担う部分が大きいと私は思います」
「まとめ-パネリストより一言」
その後、質問も続いたシンポジウムは予定を30分以上オーバーしました。学生からの「座右の銘」を聞かれた山本選手が「一期一会」という言葉を披露したのを受けて、堀尾キャスターは「今日ここに来てくださったことが、皆さんにとっての素晴らしい一期一会だと思います。今日のこのシンポジウムを受けて、自分の行動をかえてみようと思ってもらうことができたら、まさに珠玉の一期一会になります」と締めくくりました。
パネリストによるまとめのスピーチの後、最後は今回のシンポジウム開催に奮闘した実行委員会の学生さんたちから登壇者に記念品が贈呈され、全てのプログラムを終了しました。
(岡田常任理事)「もうひとつ今日皆さんに覚えて帰ってほしいことがあります。それは持続可能性ということです。来年国連は「スポーツと体育の国際年」であると同時に、「持続可能な開発のための教育の10年」の初年と位置付けています。したがって、本日話されたようなことは向こう10年間、教育の場・カリキュラムに入ってくるようになります。そういう意味でも、皆さんが積極的に参加してほしいと考えます。そして、政治ももちろん大事ですが、社会は私たち一人ひとりが作っていくものです。一番大切なのは世論を作っていくということ、一人ひとりが、代わればおのずと政治や行政も変わっていくと思います」
(蟹瀬理事)「今、新潟では被災された方々は大変な生活をされています。その生活を見ていると私たちが生きていく上で何が必要なのか、それから何が必要でないのかがはっきりわかるという気がします。私たちは少しでもこれから、何が必要でないのかに目を向けて、減らしていく開発を目指していくことが大切だと思います」
(山本選手)「オリンピックに出場する選手でも途上国の選手は、ユニフォームも靴もとても貧しい物を持ち、それを大事に長く使っている選手がたくさんいます。一度我々日本選手を中心に、自分たちが使ったユニフォームや靴をプレゼントするということをしたことがあります。限られたアスリートだけでなく、日本体育大学の学生も自分たちが使ったスポーツ用品を廃棄せずに例えばみんなで力をあわせて、途上国の選手たちに送るというような活動も長期的に展望していけば、そういうことも地球環境の保護につながるのではと思います。一人ひとりの力は小さいとは思うが、岡田さんが言われたように、みんなで出来ることを頑張っていけば、大きく変化していくと思います」
(中村選手)「今日は学生の一人としてこのシンポジウムに参加した。これまでスポーツと環境ということを考える機会はなかったが、これから水泳を通じて少しずつ環境についても考えていきたいです」